
(すくなひこなのかみのかんじょう)
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江戸時代の道修町の薬種業者は、唐薬種(漢薬)を扱っていたことから、中国の薬祖神である神農氏の ■伊勢講の結成
文の最後に、「もし、神様を粗末にすれば、神罰が下りますよ。恐るべし恐るべし。」と結んでいることから、 | |
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この袋の中には下の写真のような少彦名神『尊社書』が入っており、伊勢講によって書かれたものです。 ![]() ![]()
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それは次のように書かれています。
注)徒然草第203段に 解説:「少彦名神は日本の医薬の神様です。中国では神農氏が医薬の神様とされています。 | |
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■伊勢講から薬祖講(やくそこう)へ うまく移行しました。そして、明治17年(1884)には伊勢講に代わって少彦名神社の崇敬者団体として 「薬祖講(やくそこう)」が組織されました。 道修町の薬種商は、時代の推移につれて扱う薬の種類も業態も多様化してきましたが、「薬祖講」を 中心に業界の連帯を維持し、人々のいのちと健康に貢献する活動を続けています。
<註4>
おけら(白朮)と言うと京都・八坂神社の大晦日行事「おけら参り」を思い浮かべますが、五條天神社では、 節分に縁起物の三種の神秘である「おけら」「勝餅」「宝船」を授与しています。 おけらを削ったものを火種にし、それで起こした火で勝餅を煎ります。 「宝船」の図は、日本最古の図で舟に稲穂を一束乗せただけの簡素なものですが、神代文字の朱印が 押印され、毎日厄除け病除けを祈願すれば年中つつがなく世上の浪を渡り安全を保つことができると されています。(有料) | |