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境内案内
当神社は、江戸時代の大坂・道修町(どしょうまち)の薬種中買仲間の寄合所が起源です。 現在の道修町は、製薬メーカーの本・支店等が並び、まさに、オフィス街の一画。 よく見ないで歩いていると、通りすぎてしまいますのでご注意ください。 そんな、こじんまりとした神社ですが、健康の神様、くすりの神様として 連日、無病息災と病気平癒祈願に訪れる人達が後を経ちません。
大阪市営地下鉄『北浜駅』6番出口から 堺筋の『道修町1』の交差点を西に 曲がってすぐです。 小野薬品工業さんと 道修町漢方薬局さんが目印です。
右隣は小野薬品工業さんです。
神社入り口
注連柱(しめばしら)右側「定給療病方咸蒙」左側「其恩頼正二位伯爵源通禧書」 <やまひをおさむるのりをさだめたまひ、みなそのみたまのふゆを、かがふれり> これは、日本書記の一節で「大国主命が少彦名命とともに、国を治め、人々や 家畜の病気の治療法を定めて獣や昆虫の害をはらうまじないを教え、万民に 至るまでその恩恵をこうむっていた。」という意味です。

参道奥には、鳥居と樟(くすのき)が見えています。 右手に見えるのが谷崎潤一郎の「春琴抄の碑」です。
参道
2000年、少彦名神社御鎮座220年を記念して 「春琴抄の碑」が建てられました。 「春琴抄」は、谷崎潤一郎が、妻の松子夫人への思慕を 道修町を舞台に借りて、盲目の琴三絃の天才春琴と、
彼女に仕える佐助に託した、日本近代文学史屈指の名作
として広く知られています。 石碑には、地唄筝曲の人間国宝菊原初子師による 「春琴抄の碑」の文字と、谷崎潤一郎原稿からとった 「春琴抄」冒頭部分の自筆が刻まれています。
春琴抄の碑
 鳥居と拝殿 参道を進んでいくと、さっきまでの喧騒が嘘のように
ひっそりとたたずむお社が現れます。 鳥居をくぐるとひんやりとした空気に包まれ荘厳な雰囲気が漂います。

左側の手水舎には、漢文が彫られています 「沸(ひつふつ)タル檻泉(かんせん) (く)ミテ注(そそ)グ以(も)テ盥(てあら)ヒ 以テ嗽(くちすす)ギ以テ神ニ参ズベシ」
<ふつふつと湧く泉の水があります。 この水を汲んで注ぎ、手を清め洗い口をすすぎ ましょう。そうして神様におまいり致しましょう> という意味です。 この鉢の右側に、薬種中買仲間の 年行事より天保12年に奉納されたことが 記されています。 ※天保8年(1837)大塩平八郎の乱により
仲間会所が類焼し、庭内に少祠が建てられ
灯籠とともに手水舎が作られました。
手水舎

明治43年(1910)に建てられました。 社殿は本殿と拝殿の間に幣殿を付けた 権現造り形式で、銅版葺社殿です。 国登録有形文化財に指定されています。 本殿奥にも樟(くすのき)が茂っています。
拝殿
虎に触れて元気をいただいては いかがでしょうか。 記念写真スポットでもあります。
社務所ビル3階には「くすりの道修町資料館」(無料) がありますので、お気軽にお立寄り下さい。 (月〜土 10:00〜16:00 休:日・祝・盆・年末年始)
社務所ビル前虎像
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